社長の生い立ち
家づくりへの想いの原点

井上和哉ヒストリー

 

◇生まれも育ちも五日市

 

1974年7月8日

広島市佐伯区五日市で生まれ、ずっと変わらず住んでいる

生粋の五日市っ子です(笑)

 

 

五日市小学校、五日市中学校に通ってました。

 

 

小さいころは泣きむしだったみたいです。

 

母が病気がちで入退院を繰り返していて

父は大工で昼は家の建築、

夜は店舗の改装と、

病気の母を支えるためか

ほぼ家にいなかったので

姉と兄が親代わり。

 

小学校も中学校も、入学式や卒業式は

姉と兄が来てくれたのを覚えています。

 

 

兄弟仲がよくって、

みんなおしゃべりな一家なので

家族が集まると話が止まらないです。

 

 

◇火事で家をなくす

 

 

小学5年生の時

人生の大きな出来事がありました。

 

火事で実家が焼けてしまったんです。

 

冷蔵庫の漏電が原因で、

近所の人がすぐに気づいてくれたおかげで

家族はだれもケガせずに済んだんですが

結局家は全焼。

 

思い出の写真もなにもかもなくしてしまいました。

 

それはトラウマみたいになっていて、

今ではもう大丈夫ですが、

しばらくは火を見ると動悸や震えがするほど

火についてはずっと怖かったです。

 

今、家づくりで性能にこだわるのは

この経験が大きいかもしれません。

 

家族が帰る大切な家が万が一でも何かあったらと思うと、

耐震性能や火災への備えは

コストをかけてでもやるべきだと思っています。

 

 

◇サッカー少年だったけど

 

 

小学生の時はサッカー少年で、

中学になってもサッカーを頑張るはずだったんですが、

中学のサッカーの先生が1年2年の担任で相性が悪く、

どうしてもいやで

学校に最低限しか行かなくなり

サッカーもやめてしまいました。

 

(でもサッカーはずっと好きだったので

高校卒業してから社会人団体でサッカーしてました。

今は忙しくてできてませんが…。)

 

中学時代は結構頑固な性格で、嫌なものは嫌!

周りに合わせて我慢することが出来なかったんですね(笑)

 

学校には行かなくてもどうにかしてやるって思って、

家ではちゃんと勉強してました。

 

3年生になって担任が変わってからは

学校に行って、ちゃんと卒業できるように

かなり勉強も頑張った記憶があります。

 

 

◇家の建て直しで大工仕事にあこがれる

 

 

中学時代は家の建て直しを経験しました。

 

家は焼けてしまって賃貸ぐらしでしたが、

親父が大工だったので、

コツコツ自分で建て直しをしてくれました。

 

忙しい仕事の合間に自宅の工事をしてたので

すごく時間はかかったんですけどね。

 

その時親父について家の建て替えを手伝ったのが

僕の大工へのあこがれのスタートです。

 

ゼロから物を作るという喜びを体験しました。

 

他の現場も手伝いに行ったりするうちに、

現場ごとに新しいモノづくりをする面白さを知り、

現場に出入りする大工や職人さんのやり取りを見聞きしながら、

自然と自分も大工になりたいと思うようになりました。

 

 

◇高校時代

 

高校は宮島工業高校に進学しました。

 

本当は高校進学もせずにすぐ大工になりたかったんです。

でも親父が自分のところに弟子入りするのではなく

自分の道は自分で切り開け!っていう方針で

職人として働くにも高校を卒業したほうがいいということになりました。

 

その時、どうせ大工になって建設のことは学ぶんだから

高校時代は違うことを学ぼうと思い

機械科で自動車整備を学びました。

 

バイトはやはり大工になるための経験値を積むために、

電気工事とか大工関連の仕事をしていました。

 

 

◇大工の道へ!でもちょっと違った!?

 

高校を卒業したら

予定どおり大工になろうと建設会社に就職しました。

 

ところが「大工募集」とあったから

当然木工大工と思って入ったら

実は型枠大工の会社だったんです。

 

まさかまさかだったんですが、

大きなコンクリーと工事の仕事はスケールが大きく

やりがいがあり、

どうせやるなら一人前になるまでやとうと

技術を身につけていきました。

 

 

◇母のために家を建設

 

そんなこんなしているうちに、

自分の家を建てることになり、

住宅ローンの話が持ち上がりました。

 

家を建てるにあたって

もっと収入アップが必要と感じ

勤めている給料より自分で稼いだ方がいいと

独立しました。

 

当時24歳

個人事業主が住宅ローン借りるのは大変だったんですが、

このとき銀行とやり取りして

お金についてもすごく勉強しました。

 

賃貸より家を持って資産にした方が良い事、

長期的なお金のやりくりのことも

大きなお金を借りることをきっかけに

身につけていきました。

 

この時の知識は住宅事業に活きています。

これから家づくりをされる方に

お金の知識をしっかり持ってもらうための

家づくり勉強会をしているのも、

この時早い決断で家を持ったことで得た

メリットを感じているからでもあります。

 

仕事は順調で

大規模は工事も請け負うようになり、

有限会社井上建設を設立。

 

材料を買って資材置きの倉庫も建てて

従業員も雇い事業拡大していきました。

 

しかし・・・

 

人生はそんなに甘くない。

リーマンショックが起こり、

建設業は大打撃を受けました。

 

 

◇リーマンショックで学んだこと

 

 

リーマンショックで仕事がなくなり、

あっても非常に安い価格で請け負うことになり、

働いても稼げなくなりました。

 

廃業してしまう会社も多くありましたが、

僕はとにかくあきらめないのが信条で、

どんなに困難なことがあっても

粘り強くいろんな方策を取りました。

 

今までの信頼関係で

銀行や頼りにできる人いろんなところに相談して、

なんとか苦境を乗り切りました。

 

この時、信頼が一番大切だということを

実感しました。

 

今まで僕なりに仕事にプライドを持ち、

相手の信頼にこたえようと積み重ねてきたものが、

結局自分を助けてくれたのではないかと思います。

 

目先の利益にとらわれて

いいかげんな仕事をしたり

仕事をもらえることが当たりまえと

感謝を忘れてはいけない…

 

僕の信条である

「感謝」「信頼」「笑顔」

を、この時改めて大切に感じました。

 

 

◇本当にやりたかった「住宅事業」への想い再燃!!

 

 

リーマンショックは

自分がもともとやりたかった家づくりとしての大工業、

住宅事業を改めて本格的にやりたいと思う

きっかけになりました。

 

今後建設業界がどうなるか分からない時代に

ただお金の為ではなく、

やりがいを感じてやれる仕事じゃないと続かない

感じるようになったんです。

 

そして、自分の原点である

木工大工としての想いがふつふつとわいてきました。

 

 

◇結婚・家族ができて「家」の大切さを再認識

 

 

住宅事業をしたいという思いを抱えながらも

日々の仕事に追われている毎日の中、

結婚して子どもができ、家族を持ったことで

なんとなく「やりたい」ではなく、

「やならければならない」

という強い気持ちが生まれました。

 

火事で家をなくしてショックだった経験、

家を建ててくれた大工である父の姿。

 

「家」というものの大切さを知り、

無くすことの恐怖を知っている自分だからこそできる

家づくりがあるのではないか…

 

家という自分の帰る場所が

笑顔があふれて、快適で、安心で…

その大切さが身に染みてわかっている自分だから

笑顔あふれる家を提供できるはず!

 

そんな気持ちが明確になり

改めて「リラックスホーム」として

住宅事業を立ち上げました。

 

僕が思う最高の家とは

 

「奥さんがニコニコ笑顔でいてくれる」

「万が一にも強く、家族を災害や危険から守ってくれる」

「仕事で疲れていても帰ったらホッとする」

 

という、とってもシンプルなものです。

 

ですからママ目線、女性目線での

家づくりを大切にしています。

 

「命」「健康」を守る家であることは大前提なので、

できるだけ自然素材を使った家を提供することにしています。

化学物質だらけの家は、

気づかないうちに健康を害してしまう可能性があります。

家族を守るためには建材選びから

こだわることが何よりだと考えています。

自然素材の家は技術の高い職人がいないとできないので、

大量に家を建てるメーカーはやりたがりませんが、

一棟ずつ丁寧に作り上げる工務店だからこそ

素材にはこだわれるんです。

 

 

そして、

「お金の話もしっかりお客様に伝えること」

も大事にしています。

 

自分もお金に苦労した経験がありますから(笑)

経済的に破綻してしまったら意味がないので

そこはしっかり知識を提供していこうと、

家づくり勉強会を通じて情報を提供していくことにしています。

 

自分が関わったお客様にはみんな幸せになって欲しい!

そして、建てた家はずっと見守り続けたいので

お施主様とは生涯のお付き合いになりますから、

その方が、健康や資金面で苦しむことがないよう

お客様の人生丸ごと応援できる家づくりをしたい、

それがリラックスホームの理念です。

 

一棟ずつゆっくり時間をかけて家づくりをお手伝いするには、

自社がしっかりとした経営基盤を持っていないといけないので、

型枠事業の方も堅実にやっています。

 

僕が型枠事業をしっかり行い、

リラックスホームでは

ハウスアドバイザーの藤原が中心となり

お客様をママ目線・女性目線でサポートし、

現場管理担当や各業者と連携しながら

一番身近で、建てた後も一生のお付き合いが出来る

工務店であろうと、日々努力している毎日です。

 

コロナ禍で建材高騰があり

新築住宅へのハードルが上がってしまいました。

 

でも一番長く過ごし、家族の幸せの舞台になる家は

自分らしく注文住宅で建てるのが一番だと思っています。

(建売の現状も良く知ってるので…)

 

どうやったら多くの方に

よりよい注文住宅をお届けできるか。

これからも社会の変化に対応して、

粘りずよく取り組んで行きます。

 

この長文に付き合って読んでいただいたあなた。

まずは家づくり勉強会へ!

 

必ずあなたのお役に立ちます!!

 

有限会社井上建設

代表取締役 井上和哉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

RELATED

関連記事